自分にとってのゲームデザイン

駆け出しのあたしが書くことでもないのですが、まぁ。
ええと、お題は白河堂さんのblogから。

物心ついたときにファミコンゼルダの伝説ドラゴンクエストを与えられたあたくしに取って、ほとんどゲームってのは呼吸するようなものでした。子供時代とはゲームであり、ゲームが人格を形成したと言えるでしょう。ので、ゲームのない人格というのはちょっと考えられません。
ですから、最初から別にデザイナーになりたかったわけではなく、最初はゲームを解体するところから始めました。「なぜこのゲームは面白いのに、似ているこのゲームはつまらないのだろう?」「どうしてドラクエのキャラクターは5人並ぶとチラつくんだろう?」「どうして8色しか使えないんだろう?」「どうしてサマルトリアの王子はこんなに弱いんだろう?」
まぁ、虫を分解するのとあまり変わりませんね。で、プログラムに行かずにデザインに興味を持ったのは、たぶん世代的な問題です。ちょっと前だと、マイコンに行ってたんじゃないでしょうか、実際。

かくして探求が始まりました。もちろんゲームの作り方などわからない小学生でしたから、ほとんどルールになっていませんでしたけれど、画用紙とエンピツとはさみとノリを手に、欲しいゲームや買えなかったゲーム、不満のあるゲームを改造することになります。アクションゲームとかは再現できないことにすぐに気づき、目標はシミュレーションとRPGに移りました。

小学生の四年生くらいの時には、アクチュアルのガシャポンで遊ぶ戦術級とか、トランプで判定する武者ガンダムの作戦級とか、光栄のをベースに作った国家運営ゲームとかを友達と遊んでいました。まだダイスを知らなかったので、ランダマイザはトランプでしたね。


だから、最初にあったのは「好奇心」なのです。面白そうだ、いじってみよう。ここが気に入らない、修正してみよう。修正するにはどうしたらいいんだろう?

そして、小学校の卒業間際、geminassというツレから「TRPG」という存在を教えられて、それにあたしゃいたく興味を持ちました。コンピュータでは再現できない複雑な事象を扱えるルールがある、と。やらねばなるまい。それはオレが考えていたのと同じことじゃないか!


かくして出逢ったのがGURPSというRPGで。このRPG、汎用をうたってはいますが、実のところはほとんどファンタジー専用ゲーでありまして。いや、それはいいのですが、ファンタジーでも再現できる範囲がごく狭い。例えば「スレイヤーズ」とかをベーシックルールで遊ぶわけにはいかんのです。


それがまた気にいらなくて、試行錯誤が始まりました。「どうやったら聖闘士星矢ができるのか?」「どうして三連砲塔のついた宇宙戦艦を出したらいかんのか?」「どうして現代日本で銃を撃ってはいかんのか?」などなど。そして、どうやったら、では、自分の夢が叶うのか。


かくして少年は小遣いの全てをTRPGに費やし、空いた時間の全てもTRPGに費やし、分からない単語があれば全て調べ、立派なダメヲタとなりました。*1
自分のやりたいもの。見たかった夢を叶えるためには材料が必要だと、まぁ理解していたからです。かくして原書サプリに手を出したのが高校の一年、未訳RPGを遊び始めたのが高校三年。大学に上がってインターネットを始め、ひたすら考えていたのは「自分が中学生のときやりたかったゲームはどうやればできるのか?」でした。


その過程でたくさんの人とゲームに出会い、たくさんの迷惑をかけて、今に至ります。
今、どうにかゲームを作ってお金をもらう仕事の一端に尽きつつありますが、自分を動かしているのは、「これは面白いアイデアだ。だが出来るゲームがないので作ろう」「これはいいゲームだが、ここが気にくわない」という精神であります。


で、それを支え、養っているのはひとえに、ゲームというものの面白さ、幅の広さではないでしょうか。
面白いゲームを遊んだ記憶、新しいゲームに触れた時の刺激。それが支えていてくれるのだと思います。ですから、ゲームデザイン的なことを養う栄養はひとえに、多くのゲームをたくさん、幅広く偏見なく、楽しく遊ぶことだと思うのですよ。

*1:やめときゃよかったとしみじみ思います