TRPGのノウハウ

ガイギャックスの死から、いろいろ考えることが増えた*1


TRPGに限ったことではないのだろうが、ノウハウというのは往々にして、解っている人間にとっては空気のようなものだ。雪道で転ばないで歩く方法でも、味噌汁を薫り高く作る方法でも、花を美しく生ける方法でも、聞いてみたらなんのことはない、数行のロジックだったりする。


だからそれを伝授することに意味がない、という人はいないだろう。TRPGもそうで、ガイギャックスとその仲間たちが切り開いた荒野にはさまざまなガジェットが追加されてきた。フルカラーのフィギュア、工夫されたスペルテンプレート、水性マジックで書き込めるマップ、オンラインセッションの支援ツール、セッションハンドアウト、シナリオの記述方法、マインドセッティングの手段、マスタリングのTips……。
私の部屋はそう言ったもので溢れている。もう、昔には戻れない。たとえ今赤箱*2をプレイすることになっても、私はまずレギュレーションをメールで配布し、掲示板でプレアクトを行ない、各種のフィギュアと支援ツールを山と並べ、必要ならハンドアウトだって書くだろう。間違いなく便利なのだ。使わない手はない。


ノウハウやTipsを、かつて幾原邦彦が玩具について述べたように、「やがていらなくなるために、それは必要なのだ」と説く人がいる。
そんなことはない。ノウハウは、いわば戦闘機における自動空戦フラップやステルスのようなものだ。なるほど、確かに旧式のF-104でも、チャック・イェーガーは素晴らしい空戦機動を見せるだろう。だが、F-22AやSu-37ならもっと高度なマニューバを行なうことができる。ハードウェアやソフトウェアの進化は、個人の技術を補ってくれるからだ。
かつてスティーブ・ジャクソン(米)は言った。「なるほど、よいGMはどんなシステムでも面白く遊ぶことができるだろう。だが、同じGMなら、システムが面白いほうがより楽しく遊べるに違いない」と。


それになにより、ひとりの天才が何年もかけて生み出したノウハウであっても、後世の人間はそれを学ぶことで、ずっと手間を減らすことができる。そして、後世の人間はその浮いた時間で新しいノウハウを積み上げることができるのだ。

私は創業の人間ではない。だが、これから積み上げていくことはできる。三十年以上の時を超えて積み上げられてきたTRPGというピラミッドに石を置き、より洗練させて行こう。技術は素晴らしい。学ぶことは素晴らしい。先達の書いた原稿を読むたびに、あるいはお客様のプレイレポートを読むたびに、私はその思いを強くする。


そしてそう、原稿からの現実逃避をやめてさっさと仕事に戻れ、と語る内なる声に従い、ここで筆を置くことにしよう。

*1:これまで何も考えなかったのが、一日に三分ほど脳みそを使うようになったということだ。

*2:これ自体、ガイギャックスがさらに古いバージョンからアップデートしたノウハウの産物である

インテリでありたい

インテリゲンツィアとして人から尊敬されたいという願望は、多かれ少なかれ人にはあるであろう。少なくとも私にはある。
高度な文芸評論の知識を持ち出して、たとえばさらっと、「“カサブランカ”に描かれた憂鬱はハイデッガー的というよりは、むしろサルトル的なしなやかさを持っているように思うんだ。ハンフリー・ボガードイングリッド・バーグマンに対して示す不器用な優しさは、我々が資本主義社会において失いつつあるロマン主義的なものへの哀惜と、それがコマーシャリズムによって汚染されていく過程のメタファーでしょう。ポストモダンにおいてあらゆる愛はラベリングされる、っていうのはデリダエクリチュールだったよね。レヴィナスだったかな。まあどっちもフランス人だから同じようなもんだね」と、blogに書いたりワインを片手にうんちくを並べられるような青年学士と見られたい、という俗物的な見栄は大いにある。


だが、これが実際にやろうとするとなかなか難しい。やってみるとこうである。「このトンカツが何故美味いかと言えばさ、要するに実存としてのコロモがあるからなんだよね。うん。ファーザーも言ってるけど、トンカツさえ食べてれば幸せ。あと突起物。東海林さだお風に言うなら、これでソースとビールがあれば無敵ってことになる。しかしだね、キミ、野比のび太を引用するなら、“なぜだ、なぜトンカツは食べるとなくなるのだ”ということになる。これこそ実存の矛盾だよ。押井守がパトローネについて言ってるのと同じでさ、トンカツという真実は光に照らされた瞬間消えるわけだ。これはつまりだね、我々の求める真実が闇の中にこそあるというボゴミル派の教義と一致するとは思わないか。このコロモで必死に身を覆うトンカツはすなわち男根であると同時に女陰で、大地と天空を同時に宿しているんだよ。第一物質だ。つまりグノーシスを持ち出すまでもなく言ってみればこれはウテナに対するアンシーであり、死のメタファー……」「小太刀、トンカツ冷めるで」という会話に突入するのである。


インテリへの道は遠い。