その3・かくも美しい友情

あれがいつだったか思い出すのはだいぶ難しいンですが、確か上京した後だったように思います。
我々は『コール・オブ・クトゥルフD20』*1で、『クトゥルフと帝国』*2を遊んでおりました。
GMは三輪さん。後は『Aの魔法陣』でオンラインリプレイを提供してくれた氏家氏が因習的な旧家に生まれた影のある霊感少女*3をプレイしており、私が甘粕に心酔している大陸浪人*4、加納氏があらゆる同時代の文学作品を「読むに値しない」「駄文である」と言って切って捨てるだけで実際には何も読まず何も書かない自称作家*5


で、まあこの三人がですね、ひょんなことから帝都をゆるがす大事件に巻き込まれたわけです。
あまりに行動が怪しいんで憲兵に目をつけられまして、あたしが「ボクはね、甘粕さんのところから来たものなんだよ。ちょっとそのへんの人間と一緒にしてもらっちゃ困るね」*6とか言ってごまかそうとしたら見事に判定に失敗して、あぶなくとっつかまるところだったりしましたが、それはともかく。


いろいろあって、帝都を転覆させようとする魔術師が命をかけて仕掛けた儀式を突き止めまして。どうも夢の世界、ドリームランドからなんか出てきてめちゃくちゃになるらしい、と。
そりゃあいけない、てんでまあ、ドリームランドに殴り込みました。で、儀式自体は失敗させたんですよ。魔術師もやっつけた。
そこまではよかったんですけどもね、後がいけなかった。


当然、儀式を失敗させたってドリームランドの連中は生きてるんですよ。
まあ、後ろからすげえ勢いであたしらをおっかけてくるわけです。頭のない人間だの、皮のない鳥だの、そういうのが。まあ、あんまり詳しい姿を聞くとモリモリ正気度が減るんで詳しく聞かないことにしてとにかく逃げたんですね。
したらば、あたくしのPCの足に投げ槍が突き刺さった。アッ、と叫んだときにはもう遅い。生きてはいるんですが、HPがマイナスになっちゃって、ほっとくと死ぬ。
で、そこはロールプレイです。氏家氏のキャラクターはまあ、娘っ子だ。これは逃げたまえと。生きて帰って、あっちから門をふさぐんだ、と。
そうしたらまあ友達はいいものです。加納氏の文士が駆け戻ってきて、肩を貸してくれるじゃありませんか。ありがたい。友達てえのはいいもんだ、と思いました。
ところが、当然ながら大の男ひとり抱えて動くもんですから、目方てえものがあります。普段なら30フィート走れるところが、20フィートになるであろう、とおごそかにGMは告げました*7
で、出口までのマス目を数えるとですね。どう見ても間に合わない。
仕方ありません。加納くんが「逃げていい?」とマッハで聞きます。


「おいこのままではたすからん。きさま、おれをみすててさきにいけ」
「ばかなそんなことはできない、おなじにほんだんじではないか」
「このままではともだおれだ。いぬじにはぶしのやることではない」
「そうか! すまん、小太刀!」
「早いなおい」

この棒読みの田舎芝居ぶりは実にすごいものでした。まあ、誰だって自分のPCの命は可愛いもんです。かくして、疾走オプションを使って加納氏のPCは走り始めました。
ところがです。
ちょうど走ってみると、あと2マス足りません。そうです。ちょうど、あたくしを助けに戻った歩数分、移動力が不足していたのです。
後ろからは、あたくしのPCがモリモリ食われる音が聞こえてきます。
すごい勢いで追いついてきたドリームランドのバケモノに喰われながら、加納氏は言いました。


「こ、こんなことなら、せめて小太刀のPCを見捨てずにかっこよく両方死ねばよかった……」


どっとはらい


追記:なお、面白いところだけ切り出しているので非常にボンクラな展開に見えますが、三輪さんのクトゥルフは私が知る限りではもっともおっかないクトゥルフなので、どちらかというと緊張に耐えかねたプレイヤーがついにおかしくなった、というほうが正しいと思います。
あの人のクトゥルフはめったやたらに面白いので、どっかでリプレイとかに出来ないもんかなあ、と思うのですが……。

*1:D&D3.0eコンパチのシステムでクトゥルフを遊ぶTRPG

*2:大正時代を遊ぶためのクトゥルフソースブック。D20/BRP両対応

*3:彼の性的ファンタジーである

*4:プレイヤーの政治信条とは別に関係ない

*5:ひたすら「芥川クンはどうも最近だめだね。読む価値がない」「菊池寛。あんなものは大衆作家だ。ブンガクではない」「永井荷風などを読んでいる人間の品性を疑うね」とか言い続けて他人の尊敬を買おうとする。もちろんどれひとつ読んでいないので元手はかからない。そのくせ自分が書け、と言われると「君、この現代に文学に値するような物事があると本当に想っているのかね。もういいッ、君のような俗物とは話したくないッ」とか暴れ出す。収入は基本的にヒモ。なお、加納先生がこれらの文士に怨みがあるわけでもなく、当人はきちんと教養人なので念のため

*6:「消防署のほうから来ました」と同じ詭弁

*7:ちなみに、『コール・オブ・クトゥルフD20』には荷重による移動制限のルールはありません。D&D3.0eのほうから借用してきました